表具の歴史
表具の発祥
「表具」は、3世紀から5世紀にかけて中国で発祥したといわれています。
現在の表具の原型についてはいろいろ説がありますが、詳しいことはわかっていません。
一説によりますと、「挂軸」がそのルーツではないかと考えられています。
「挂軸」は、チベットの壁画崇拝の風習から産まれたもので、書画を挂け拝するという意味です。
他には「幡」（ばん）がそのルーツではないかという説もあります。
「幡」とは「旗」のことです。 「旗」といっても、当時は宗教的な儀礼に用いられていました。
今でも旗は神聖なものとしての名残が残っています。
どちらがどうということはいえないのですが、間違いなくいえることは、「表具」は宗教的な需要で発祥
したということです。
礼拝の対象とすべき本尊や、神聖なる書画を装丁するという目的で発祥したものです。
その後、王宮権力がこれらの事業に大きな力を注ぐことになります。
隋・唐の時代（５００年代〜６００年代）になると、仏教が俄かに隆盛を見、仏典や経典の漢訳が国家
事業として実施されるようになりました。
この頃、巻子（巻物）が登場しています。
わが国への表具の伝来
わが国へ表具がはじめて伝えられたのは、6世紀初め頃だと考えられます。
当然仏教経典と共に伝えられました。
わが国が初めて外来文化と接触したのは、厳密にいうと応神天皇の御代、百済の王仁（わに）、阿直
岐等が典籍を携え入朝したときであります。
「古事記」の『応神天皇記』には次のように記されています。
「百済の照古王は、牡馬一疋牝馬一疋（おまひとつめまひとつ）を阿知吉師（きし）につけてたてまつり、
また横刀（たち）と大鏡をたてまつった。
そこで朝廷は、『百済国にもし賢人（さかしきひと）があったらぜひたてまつれ』と命じた。
そこで百済は和邇（王仁）吉師に論語十巻、千字文一巻あわせて十一間持たせてたてまつった。
これが文首（ふみおびと）らの祖である。」
「日本書紀」にもほぼ同様の記述があります。
続いて、継体天皇の御代には、百済から五経博士が渡来しています。
そして後、欽明天皇の13年（５５２年）になって、日本の歴史上においても、また表具の歴史上において
も特筆すべき仏教の伝来を見ることになります。
そして表具の具体的な職分は、「大宝律令」『職員令中務省図書寮の條・義解』（７０１年）に『装@』と
いう呼称で定められていました。
即ち「装とは裁治することをいう」「@とは染色することをいう」「裁治」とは裁断して継ぐことをいいます。
「@」とは紙を染めることを指しています。
この頃は、写経用の紙を染め、表具するところまでトータルにやっていたと思われます。
この『装@』ということばは、後様々な用いられ方をします。
聖武天皇の時代になると、仏教経典の整理書写の事業が、国家的レベルで増進されるようになりまし
た。
そしてそれにかかわる部署職分もかなり整備されるようになりました。
この頃「写経司」（後に写経所と呼ばれました）が設けられました。
写経事業は、次のようなジャンルの人達によって分業で行なわれました。
書生（写経生） 校正 界生 題師 装@師 画師書生とは文字通り経を写す人です。 校正は文字の
誤りを校正し、界生とは、界即ち写経用紙の罫を引く人です。題師とは題箋を書く人です。ここに装@師
という名称が見えます。
先程述べたように、仏教経典の日本伝来直後においては、装@師とは、経を写すことから表具すること
までトータルに担当していたのですが、この頃になると完全にその職分が専門化され、出来あがった写
経用紙を装丁する専門職として独立していたことが分かります。
これらの様々な職分の中で、とりわけ写経生と装@師が優遇されていたようです。
資料によると、この二つの職分については、通常の賃金とは別に、料米２升が支給されていました。
ただ、この頃分業化はかなり進んでいたことは事実ですが、この時代における装@師はかなりオール
マイティーに技術を駆使できたようです。
長屋王が神亀５年（７２８）に発願書写させた「大般若経巻第２６７」の奥書には、陰陽寮・図書寮・式部
省・散位寮の官人と僧侶等初校・再校・装@・検校にあたった者の官名・氏名が列記されています。
これによると、装@師は経を書写することもやっていたとおもわれます。
いずれにしても、この時代にあっては、写経と共に表具の存在があったといえるでしょう。
この後平安時代に移行するにしたがって、表具の用いられ方もやや多様性を帯びてきます。
平安時代
美術史を区分するとき、平安時代を前期と後期に分けて考えます。
前期は、桓武天皇が平安京に遷都した794年から1085年位の時期を指し、後期は藤原氏が摂政・関白
として政権を掌握した1086年〜1191年位の時期を指します。
この頃は、唐文化を脱し、日本の国風が尊ばれるようになった時代です。
同時に平安時代は、日本の歴史にあって最も美意識の高揚した時代であったから、表具の取り合わせ、
その鑑賞に際しても微に入り細をうがつ観を呈していました。
平安時代初期においては、経師は経を書写する専門職でした。
「日本霊異記」（823年）には次のようにあります。
『経師4人を召して古歴がために法花経一部を召し奉らしむ』
ただその後、国家事業としての写経は急速に衰退します。
これは、学問本位の南都仏教にかわって、加持祈祷を中心とした天台、真言の密教が台頭してきたこと
によります。
そしてこの密教伝来によって、同時に唐から多くの仏画や曼荼羅が伝来し、貴族の間に広まりました。
貴族の間に流行したのが「図絵供養」であります。
「図絵供養」とは、仏画や曼荼羅の掛軸を掛け、祈祷を行うことをいいます。
寺院で行うときには、掛軸を本堂に掛けます。
宮廷や貴族の邸宅で行うときは、仏台というしつらえをしました。
「兵範記」には次のようにあります。
『寝殿母屋中央間に仏台を立て、尊称図、曼荼羅を掛けて、その前に供養法大壇を立てる』
仏台を用いない場合は、母屋に簾を垂らして掛けるということが行なわれたようです。
また「西行物語絵」には母屋の障子に掛けた図が出ています。
それから平安時代は、日本の歴史の中でも最も繊細な美意識を生んだ時代ですから、表装の本紙を鑑
賞することとは別に、表具の裂地や紙の取り合わせ、軸、紐の取り合わせまで美的関心が注がれました。
「源氏物語」に『絵合わせ』という遊びが出てきます。
『絵合わせ』とは、左右の組に分かれ、おのおの絵や、絵に和歌を添えたものを出し合って優劣を競うゲー
ムです。
『絵合わせ』の判定の中でも表装の出来は重要視されていました。
「いとど心をつくして、軸、表紙、ひもの飾り、いよいよ整え給む」
「竹取物語」には次のようにあります。
『紙屋紙に唐の綺を陪して（薄絹を裏打ちして）赤紫の軸紫檀の軸』
「宇津保物語」には次のようにあります。
『白き色紙、青き表紙、黄なる玉の軸』
この頃中国から「唐紙」が伝えられます。
「唐紙」とは、胡粉を引いた紙に、花や動物の文様を刷り込んだ紙のことです。
この頃の「かな」の古筆をみても、初期の頃のものは純中国製の唐紙が使用されています。
しかし、紙づくりの分野でも、国産化が図られるようになり、平安時代中期にはほぼ国産化が完成します。
中国で「唐紙」と称すものを、わが国では「からかみ」とひらがな表示をして区別します。
「千載和歌集」（1188年）には『からかみの形木』という記述がみえます。
因みに『形木』とは版木のことです。「からかみ」の国産化に伴い、「からかみ」を製作する専門職として『唐
紙師』が誕生しました。
「兼仲卿記」（1293年）、「庭訓往来」（1334年）に『唐紙師』の名称があらわれます。
